考える老夫婦 イラスト

今日、思ったこと。

以前、緊急事態宣言は何のために出しているのだろうかと疑問でした。
「最後の手」なのだからそんなに宣言を使ったら、この先、これ以上になった時、もう「最後の手」が使えなくなってしまうと思っていました。
最近は、本当に「最後の手」なんだと感じています。

コロナ感染が拡がっていたら、先ずは、都道府県独自の対策をしなければならない。
独自の対策でダメなら、次は、まん延防止等重点措置を出さなければならない。
それでもダメなら、緊急事態宣言。これを出した後は、世間が納得する感染者数になるまで、宣言を延長すればいいだけのこと。
休業や時短営業の要請をして、要請に応じた事業主から協力金を申請してもらい、申請されたものは事務的に処理していく。
感染者が減らないのは、要請に応じていただけないからと、言い訳もできる。
つまり、「お手上げ」ということなんだと思います。

一年が経ってみて、コロナウイルスは封じ込めるウイルスではないし、コロナウイルスが直接の原因で亡くなる人の数は少ないので、国にはワクチン以外の感染防止対策を求めず、健康的に暮らすしかないのだと思います。自己管理です。

東京五輪の開催が近づいています。私は、五輪自体に興味はありません。見たい競技があったら見るだけです。
東京は「平和に貢献する大会」「世界一コンパクトな五輪」を掲げ五輪を招致しました。しかし、その後の都知事の交代、森元首相の組織委会長就任、16年リオ五輪閉会式の「安倍マリオ」の登場など、東京五輪は政治利用されて行きました。五輪会場は北海道にまで広がり、東日本大震災からの復興も消えてしまいました。
とは言え、招致をして手に入れた東京五輪。反対だ、中止だと言っていてもどうにもなりません。日本は開催国として準備をするだけです。もし、海外からの選手団や各スポーツ連盟などが不参加を表明したら、それも物凄い数の国が不参加となったら、開催する意味がなくなるので中止になるでしょう。あとは、大きな自然災害が起きたら五輪どころではなくなりますが、それは誰も望まないでしょう。

今朝も、「東京オリンピックの事前合宿のため、オーストラリアの女子ソフトボールの選手団が、来月上旬からホストタウンになっている群馬県太田市に滞在する方向で最終調整が行われている」と、ニュースがありました。市によると、「選手やスタッフを含め30人程度の規模で、新型コロナウイルスのワクチンを接種してから来日する。感染防止策として、滞在中は毎日検査を実施する予定。行動範囲は宿泊先と練習会場に制限される」とのことです。
開催期間中も「一般人と動線を分け、感染対策をきっちりやる」としているのですから、信じるしかないと思います。

東京五輪中止・反対ばかり目立ちますが、どうすればこの状況で開催できるのかをもっと議論してほしいです。国会でもこういった議論はされず、本当に安心安全なのか、国民の命は守られるのか、どういう状況になったら中止にするのかばかり。批判し合ったり足を引っ張るのはもう止めましょう。
総理からの熱いメッセージを求める人がいますが、私は、綺麗ごとも情熱的なメッセージもいらないです。たんたんと仕事をしてくれればいいと思います。

オリンピックがどんな形であれ開催されたとき、テレビ・新聞はどう扱うのだろうか…?
感染爆発したら、失敗だ、それ見たことかと批判を繰り返すのだろう。
大事なく終わったら、感動したと称賛するのか?

日本の感染者数が減少したら「国民が自粛・我慢しているから」と言い、増加したり減少が止まったら「国の対策が悪い」と言う。減少したのが国民の行動によるものであると言うのであれば、感染者が減らないのは「国民が自粛・我慢をしなくなったから」ではないのか。
「コロナは本当に恐ろしい、みんな家に籠っていないと命が危険だ」と分からせたいのなら、テレビは全面的に放送中止にすればいいと思う。そうすれば危機感が伝わるんじゃないかな。一部は形だけやってますのリモート出演してるけど、スタジオでは感染対策をして放送してるでしょ。ドラマも感染対策をして撮影してる。私たちも感染対策をして仕事、買い物、外出してる。

前々から、番組の都合に合わせた内容、情報の切り取り、印象操作、やらせなど、まあどうでもいいやって思っていたけど、新型コロナに関連した報道は酷いね。東日本大震災の時も民放テレビは酷かったな…うるさいし邪魔だと思った。

「国民の命が大事、国は国民の命をないがしろにしている」とメディアは報じているけど、あなた達の方こそ、番組の視聴率、自分の仕事のためですよね。視聴者に「なんで外出しているのですか」「出歩かないでください」とは言えないし、逆に我慢の限界だと擁護してる。
①コロナ患者を診ている医療従事者に我慢してもらう(=感染対策をして外出OK)
②コロナ患者を診ている医療従事者以外の人が我慢をする(=絶対に外出NG)
③コロナウイルス陽性者が重症化しても亡くなっても特別扱いしない(コロナに罹ると国のせいにしてるけど、一人一人の行動、自己管理が問題)
テレビはどの考え方で放送しているのでしょうか。

日本国内の新規感染者数と海外の症例数を比べて見ると、気候や行動様式など違いがあるはずなのに、増加傾向や感染ピークは同じような線を描いていると思うのです。
新規感染者が増え始めると直ぐに緊急事態宣言を出してしまうから検証はできないしあくまでも個人の感想だけど、緊急事態宣言の発令・解除とはあまり関係なく新規感染者数は増減するのではないだろうか。そもそも、無症状の人は感染者ではないし、一年を通して増えたり減ったりするのが自然なのではないだろうか。オリンピックとは関係なくまた増えてくと思う。ロックダウンして人流を減らしても、日本より感染者が多い国もあるのだから。

いずれにしても、世界中の人口(特に子ども・若者)が少なくなりすぎて困るほどのウイルスではないということだと思う。

これ以上、少子高齢化したらそれこそ大変。

※イラストはイラストACからお借りしました

ぐんまちゃん

こころ穏やかに

「ぐんまちゃん旅がらす」と「ぐんまちゃんせんべい」をいただきました。
久しぶりに旅がらすを食べました。昔からある定番のお菓子って、美味しさと懐かしさがダブルでうれしく感じます。

たまにはニュースを見ない…と思いテレビをつけると、オリンピックをやるかやらないか、緊急事態宣言下の街の様子、宣言解除はいつか、解除したらまたリバウンドするでしょう、などなど。気が滅入ります。
人々が新型コロナの存在を意識してから1年以上経ちました。今の日本の状況を俯瞰的に見たらどうなのだろう。
風邪からくる肺炎で命を落とすことは毎年ありましたし、大昔から未知のウイルスと闘って生き残ってきたんだと思います。

世間のざわめきに心が乱されそうになりますが、なるべく心穏やかに過ごしたいと思っています。

美輪明宏さんはインタビューの中で、「どんな困難に遭遇しても、絶望することはありません」「目の前のことに一喜一憂するのではなく、理性と理知を働かせて、自分を磨き上げる。そして、もう一度、日本の歴史や文化を見直してみる」とおっしゃっています。その通りだと思いました。

今、何をするかで、この先の人生が変わるでしょう。

「オリンピックはやるのに学校の運動会は中止…子供がかわいそう」と言う記事がありました。
相撲も野球も感染防止対策をして開催しています。逆に考えれば、これはいい機会ではないですか?
どうすれば運動会ができるのか、子どもたちで考えればいいと思います。

「どうして?なぜ?どうしたらいい?」考えることを育てる教育です。日本の教育で足らない所です。
これからの社会、こういうことができる子どもが必要だと思います。

今朝のモーニングシー「酒は芍薬の調…」?

番組内、視聴者からの質問コーナーでの出来事。

「酒は芍薬の調…」???聞き間違えか…?画面を見ると確かに「芍薬の調」と書いてある。

前後の文章から「酒は百薬の長…」のことだと見えました。

「芍薬の調」とそのまま放送してしまうって、スタッフ・出演者、大丈夫?

テレビのワイドシーなんてこの程度の知識で放送してるんですね。

この1年以上のコロナ報道が信用できないと証明された瞬間でした。

たまたま見ていただけで、とんでもないものを見てしまったという驚きです。

#モーニングショー

 

※イラストはイラストACからお借りしました

藤の開花、最速です

4月25日から5月11日までの期間、東京、大阪、兵庫、京都の4都府県を対象に緊急事態宣言が出されます。

宣言が出ても変わらないのではないか、そう思っている人は多いと思います。

コロナが騒がれ始めて1年以上経ちました。武漢や海外の映像を見たときは本当に怖いと感じましたが、しばらくして日本の状況が分かってきたら「毎年のインフルエンザ対策をすればいいのか」と思いました。つまり、人混みは避ける・手洗いをする・マスクをする・規則正しい生活です。

この一年、ずっと家に閉じこもっていたわけでもなく、仕事で都内をはじめ県外へ何度も行きました。電車に乗りましたし、都内の飲食店でご飯を食べたり買い物もしました。

でもコロナ感染していません。もしかしたら、コロナウイルスは体内に入ったかもしれませんが、細胞に感染する前にやっつけることができたのか、感染しても無症状だったのかわかりません。

「命を守る」は「それぞれが自分の命を守る」ことです。

施設での感染が怖かったら、自宅で世話をすればいい。世話はしたくない、でも施設で感染したら施設の責任にするは間違いです。

学校に通うのが怖かったら、教室だけが学ぶ場所ではないのですから自分で考えればいいと思います。

新型コロナより世間のうわさの方が怖い状況が作り出されています。

不安な情報はあっという間に広まり、現実のことを正しく見ることができなくなります。

今思うと、最初の武漢や海外の映像が強烈な恐怖を引き起こしたのかも知れません。

闇に落ちたら「疑心暗鬼を生ず」

ウイルスに対して国や自治体に対策を求めても何もできないです。自分で何とかするしかないのです。

国民の安全・安心と言っていますが、それは国の安心・安全なのです。

最後になりますが、花もうまく咲かせるのは難しいです。増やしたい花はなかなか増えないし、枯れてしまうこともあります。反対にどんどん増えて困ってしまう花もあります。思うようにはいかないものです。

今年も咲きました

クンシランの花が今年も咲きました。

去年の今頃は…。もう一年が過ぎましたね。

確かに「今までの風邪と同じ」とは言えないのかもしれない。手強い新型なんだろう。

でも毎年「今年の風邪は〇〇でつらかった」「この間ひいた風邪がまだ抜けない」と話をしながら生きてきた感じがします。

学校や幼稚園・こども園・保育園で今まで通りの行事ができるようになるのだろうか。

無症状の感染者(検査陽性者)って何?症状がないんだから無理に見つけ出さなければいいのにって思う。

無症状なら、わからないうちに新型コロナに罹って、あれっ?ちょっと風邪ぽいかな?大丈夫か…と、自然と身体が覚えて対抗してくれる。高熱が出たら辛いけど、耐え忍ぶしかないよね。

専門家と言われている方々の個々の意見、野党・コメンテーターの無責任なコメント、毎日の感染者数の増減など、テレビで流さなければ徐々に忘れていくのだろう…と思う。

コロナ関連死の内訳はどうなんだろう。年代は発表されているので、その人が感染した時の健康状態、医者にかからず薬も飲まず元気だったのか、持病はなくても本当に健康だったのか(酒・タバコ・不規則な生活はなかったか)、闘病中だったのか、介護施設にいたのか、寝たきりだったのかなど、発表してほしいです。

命の重さは皆同じだと言うのであれば、いい加減、コロナだけ特別扱いするのはやめてほしい。

子供や若い人の命と、高齢者の命は重さが違うと思う。

子供や若い人の一年と、高齢者の一年も全然違う。

医療がひっ迫するからと緊急事態宣言を発令するが、ではなぜ医療がひっ迫するのか。

高齢者が高い確率で重症化するからです。

日本の感染者数で医療がひっ迫するのはどうしてか。

国からは医療機関に「お願い」しかできないからです。

ならば、「70歳以上(若しくは高年期と言われる65歳以上)以上は積極的な治療は行わない」か「新型コロナ感染症の位置づけを見直す」しかないのではないだろうか。

会社や学校でコロナ陽性者がでたら、その度、消毒や休校…いつまでやるんだろうか。

濃厚接触者になると何日も自宅待機。

国や自治体があの手この手で対策してくれても、コロナは無くならない。

コロナに負けない人だけが残って行くんだと思う。

批判したり文句を言っても始まらない。

いつその時が来ても後悔しないように生きたいと思う。

因みに私は高年期まであと数年です。自分たち「じじばば世代」よりも、「こども世代」や「まご世代」が暮しやすい世界になってほしいと思います。

手洗い・マスク・免疫力

日本医師会会長は3日の記者会見で、「期間を延長し、感染者の抑え込みを徹底するべきだ」と述べ、感染が再拡大すれば、医療提供体制が逼迫し、今後本格化するワクチン接種の妨げになるとけん制しました。

加えて、『これから歓送迎会や花見のシーズンを迎えるため「基本的な対策の徹底を改めてお願いしたい」』とも。

なぜ、威圧的な発言をするのでしょうか。

医師の仕事って何だろう?

「感染者の抑え込み」や「国民の行動に制限を掛ける」など、いつから政治的なことにまで言及するようになったのだろうか。

「助かる命も助けられない」と言うけど、今までも助けられない命はいくらでもあったはず…と思います。

人工呼吸器や薬など医療の力を借りても、最後は自分の細胞がウイルスに負けてしまったら終わりです。

風邪のウイルスを根絶することは不可能で、高齢になれば重症化して死に至ることはあります。私たちが生きている以上は仕方がないです。生まれてからずっとウイルスなどの外敵とある程度は付き合っていかなければならない。「はたらく細胞」を読むとよくわかります。

医師には医学的な立場から発言してもらいたいです。

私は「新型コロナによる死亡」に加えられたくないので、手洗いをし、人混みではマスクをし、免疫力を下げないように身体を温かくしています。

シャープマスク定期便サービス

昨年の今頃は世間から使い捨て(不織布)マスクが消えていました。

普段は、風邪をひいた時、掃除をする時くらいしかマスクをすることはなかったのですが、新型コロナの流行でマスクは必要不可欠なものになってましたから「マスクがない、どうしよう…」となりました。

それならば自分でマスクを作ろうと思い、ガーゼ生地やマスクゴムを用意して作りました。洗って繰り返し使えるので使い捨てマスクよりも便利でした。

そのガーゼ生地やマスクゴムも品薄な状態がしばらく続いたものです。

そんな時、いち早く国産の不織布マスクを製造してくれたシャープ。シャープ製マスクの抽選販売になかなか当選しないこともありました。世間に使い捨てマスクがあふれ始めたころ、やっと当選メールを受け取りました。価格はちょっと高いけど、国産だし、シャープ製だし、迷わず購入しました。その後、小さめサイズも出ました。

今年に入ってからでしょうか「マスク定期便サービス」も始まりました。30枚入で税込み1,650円、送料無料、ポストで受け取れるので便利だと思い、普通サイズと小さめサイズを各1、注文しました。

これから先、いつ自然災害など起こるかわかりません。少しずつ備蓄しておこうと思います。

「マスク定期便サービス」、本当に便利です。シャープさん、ありがとうございます。

ひな人形

お雛さまと考える

ここ数日の話題は、

●東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の後任会長について

●島根県知事が県内の聖火リレー中止を検討すると表明

●国内で初めてとなる新型コロナウイルスのワクチン接種が医療従事者に対して先行接種始まる

●総務省接待疑惑

●北日本から西日本の日本海側では、山沿いを中心に断続的に強い雪が降り、大雪に警戒・注意が必要

など。

そんな中、日経平均株価が30年6か月ぶりに3万円台まで上昇しています。

また、13日夜には福島宮城を中心とした大きな地震がありました。現在も断水が続いている地域があります。

今日になり、政府内では当面緊急事態宣言は継続すべきという意見が広がっており専門家の意見も踏まえて対応を検討する、というニュースがありました。

 

パソコンやスマホが必需品となり私たちの生活は便利になったと思うが、その分「考えることを疎かにしているのではないだろうか」と思うようになりました。そして、一億総活躍社会ではなく、一億総コメンテーター時代です。

 

「こうすればいい」だの、二言目には「支援・保障」だの、「何やっても後手後手」だの、低レベルな発言がなんと多いこと。枝葉のことばかりやっていると幹が枯れてしまします。

国民の為と偽り、民衆に合わせた批判だけを声高に叫ぶ、特に野党議員の皆さん、もはやクレーマーです。

野党議員の発言を聞いていると、情報源はワイドショー番組やネットニュースだけなのかと思うほど愚かしいです。日本を守る、強くする気持ちはないのですか?日本を弱体化させたいとしか思えません。

 

ワイドショーやネットニュースから発信される多くのものは、日本人が置かれている状況を映していると思います。不安な気持ちに共感したふりをしたり、無意味に批判し、執拗に叩き、噂話や憶測を無責任に流しています。人の弱みに付け入るやり方です。早朝から夕方まで次から次へと情報を垂れ流し、一貫性がない話しに振り回され、考えることを忘れてしまいます。

視聴者のためと言わんばかりのワイドショー。東日本大震災の時も、被災者のため、被災地の現状を伝えることが使命みたいに張り切っていたけど、大変な状況ですとかいち早い支援が必要ですとか、現地に入って報道している人たちが邪魔にしか見えなかった。駆けつけた時、支援物資でも持って入っていればまだ救われるんだけど。

新型コロナに関してもその時その時で無責任な発言を繰り返し混乱させているだけです。

ワイドショーやネットニュースから離れ、わたしたちが賢くならないと世の中は良くはなりません。

優先されるべきは…

テレビでは、外出自粛や営業に制限が掛かれば生活できないと不安をまき散らし、人が出歩いていると医療がひっ迫し助かる命も助けられないと医者が話しています。

新型コロナのことだけ考えて自粛自粛と逃げてかくれていても終わらないです。

「高齢者を守ろう」はいい言葉ですが、命が大事なのは何も高齢者だけではない。高齢者をないがしろにするのではありませんが、現在のコロナ死亡とされている年齢は、入浴時の事故や他の病気で亡くなる場合と同じではないでしょうか。今までも病気や事故で救えない命はたくさんあったはずです。医師会、政治家はどうしてコロナだけ特別にするのか本当にわからない。

命のこと、将来のことを考えれば優先されるべきは現役世代や若い人、子どもたちです。

2040年、団塊世代ジュニアが高齢者となり、日本の人口構成(予測)は、人口の2.8人に1人が65歳以上、5.0人に1人が75歳以上で、高齢者と生産年齢人口の比率は1対1.5となります。つまり、1人ないし2人の青年・壮年・中年が1人の65歳以上の高齢者を支えていく社会です。

若者は不安を抱えています。明るい未来は想像もできない状況です。

日本の老人医療の在り方を見直さなければ大変はことになります。声を大にしてこのことを叫んでくれる政治家はいないものだろうか。

子育て支援は大切ですが、お金を配るだけが支援ではありません。現役世代の所得を増やし社会を強くし、同時に「生きること・死ぬこと」についても教育が必要だと思います。今は「人として死ぬこと」が難しくなっています。

ばんなん・ぎんなん

あけましておめでとうございます

自然災害(新型ウイルスなどもある意味自然災害?)は予測不可能で、予想もできないことが次々起こります。理解できないような苦しみや辛いことがあっても、受け入れていくしかないのかも知れません。最後は自分の心がけ次第。「きっといいことが待っている」そう思っていきたいです。

本年も宜しくお願いいたします 令和3年 丑年