新年度が始まりました。
いきなり話がそれますが、学校など4月始まりの年度と税金関係の1月始まりの年度、統一してほしい。あと、開始時期が年齢(誕生日)のものと学年になっているもの。同じ学年なのに選挙権がある学生とない学生。ほとんどの学生が同時に小学校へ入学し同じに学んでいるのに。生活するためのお金=税金の控除額が毎年見直されないことと同様に変だと思う。けど、どうにもならない。
変だと思うことに、「小1の壁」という言葉があります。なんでそんなことになっているのか?
日本は子ども・育児が障壁のように言われることがありますがおかしなことです。なぜなら、子どものことが最優先に考えられていないからこんな言葉が出るのだと思います。
政府が出してくる政策も「親が働くため」のものばかりです。親が働くために子どもを預かる保育園、こども園が増えました。今、小学校でも朝の預かりを行っている自治体があるそうです。
先日、海外ドラマでこんなシーンがありました。部下が遅刻してきたので「どうして遅刻してきたのか」とボスが尋ねると、部下は「子どもを送ってきたんですから…」仕方ないでしょと言いたげな演技でした。それ以上は追及せず、お互いに思っていることを言って終わりです。因みに、ボスは女性、部下は男性です。
そんなことが通じるのは一部の人たちだけなのかも知れませんが、そもそも日本は子どものことを考えてはいないと感じました。親が働くためにどうするか、そればかりです。親が働けないと困ります。でも、子どもが犠牲になっているのではないかと思うのです。
昔、かぎっ子という言葉がありました。家の鍵を持って学校へ行く子どものことです。うちも小学校高学年のころ、親の帰宅時間が間に合わず家の鍵を持たせていました。子どもが自分で鍵を開けて誰もいない家に帰ることをどう思っていたのかと今でも考えます。
親が家にいるのが一番ですがそうはいかない時もあります。両親がすぐ近くにいない場合もあります。子どもの生活を最優先に考えるには働き方を変えなければなりませんが簡単には行かないでしょう。
幼児保育、高校授業料の無償化はその時期の親にとっては有難いことだと思います。でも、社会全体で見たとき果たして良いことなのだろうか。無償化のための税負担はずっと続きます。今は良くてもこの先は? よく財源がないと聞きますが、既にバランスは崩れているのではないだろうか。労働人口に合わない行政サービスが多いと思います。
空き家問題も制度が古く現在の状況と合っていないのが原因の一つです。土地・家屋の持ち主が認知症になったら何も手が付けられません。後見人制度は使い勝手が悪いから利用したくない。どうにもなりません。
話がまとまりませんが、日本はいつも「やり方」でごまかしていると感じています。根本的な話し合いができないから核心が見えづらい。小1の壁も税負担のバランスも空き家対策も問題は別のことろにある気がします。少子化対策もです。