足利七福神めぐりは、弁財天が2ヶ所、毘沙門天が2ヶ所、大黒天が2ヶ所で祀られているので、合計10寺社になります。
当ホームページに掲載している七福神は、一般に言われている七福神の姿と違っておりますが、心を込めて制作したものです。
※画像の使用、転載、複製、改変等はいかなる場合も固く禁じます。
足利七福神めぐりは、弁財天が2ヶ所、毘沙門天が2ヶ所、大黒天が2ヶ所で祀られているので、合計10寺社になります。
当ホームページに掲載している七福神は、一般に言われている七福神の姿と違っておりますが、心を込めて制作したものです。
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七福神への信仰は、室町時代よりはじまったと言われています。
七福神巡りは、開運招福や家内安全、商売繁盛を願い、家族や友人と一緒に楽しむイベントとして親しまれています。
徒歩で巡るコースが多いので日頃の運動不足解消にもよさそうです。
弁財天
仕事:水と豊穣(財宝)の女神
出身:インド
経歴:インド神話の女神サラスヴァティー。仏教に取り入れられ弁財天となる。
毘沙門天
仕事:財宝の守護神、北方の守護神、勝負事の神
出身:インド
経歴:インド神話の財宝神クベーラ。仏教に取り入れられ毘沙門天となる。別名「多聞天」
布袋尊
仕事:慈恵と和合の神
出身:中国
経歴:中国唐の時代に実在した禅僧。常に袋を背負っていたことから布袋と呼ばれる。弥勒菩薩の化身ともいわれている。
恵比寿神
仕事:商売繁盛の神
出身:日本
経歴:日本には古くより、海の果てからやってくる外来物に対する信仰があり、クジラやイルカ、サメなどを「エビス」と呼び、漁業神として祀っていた。商業が発展するにつれ商売繁盛の神としても信仰される。
福禄寿尊
仕事:人々の福、財、長寿を司る神
出身:中国
経歴:中国道教の神。道教で強く願い求められる幸福、俸禄、長寿を具現化した姿が福禄寿となる。
寿老人
仕事:長寿を司る神
出身:中国
経歴:中国道教の神。南極老人星(カノーブス)の化身。
大黒天
仕事:五穀豊穣、招福開運の神
出身:インド
経歴:インド神話のシヴァ神の化身であるマハーカーラ。仏教に取り入れられ大黒天となる。
当ホームページに掲載している七福神は、一般に言われている七福神の姿と違っておりますが、心を込めて制作したものです。
※画像の使用、転載、複製、改変等はいかなる場合も固く禁じます。
鑁阿寺は、源姓足利氏2代目義兼が建久7年(1196年)に自らの邸内に持仏堂を建て、守り本尊として大日如来を祀ったのが始まりといわれています。
その後、堂塔伽藍を整備して足利一門の氏寺としました。
寺域の周囲は土塁と堀に囲まれ、鎌倉時代の武家屋敷の面影を残しており、国の史跡に指定されています。境内には、国宝に指定された本堂など、多くの貴重な建物があります。
境内の児童公園には遊具もあり、人々からは“大日様”と呼ばれ親しまれています。

本堂

大黒天を祀る大黒天堂

御霊屋

北門



児童公園の遊具

鑁阿寺(足利市家富町)
心通院は永禄9年(1566年)、足利長尾氏5代目の政長が、両親(憲長夫妻)の菩提のために創建したと伝えられています。
市指定史跡『長尾氏墓所』があります。








心通院(足利市本城1丁目)
長林寺は文安5年(1448年)、足利長尾氏の菩提所として初代景人が創建しました。
元禄時代、修行道場として別格地となり、明治維新までの人材育成の道場として伝統を継承し、参禅会、仏教講座など開設しました。
境内には長尾氏歴代墓所(市指定史跡)、足利出身の画聖・田崎草雲の墓などがあります。












長林寺(足利市西宮町)
西宮神社は慶長8年(1603年)、代官小林重郎左衛門が領地繁栄のため摂津国西宮神社に勧請し創建されました。
毎年11月19日、20日には恵比寿講が行われます。











西宮神社(足利市西宮町)
福厳寺は寿永元年(1182年)に、藤姓足利四代目忠綱の父母の菩提を供養するために理真上人を勧請開山として開創されたといわれています。
足利義兼公と時子の持仏と伝えられる子安観音が秘仏として祀られています。






福厳寺(足利市緑町1丁目)
大岩山毘沙門天は、聖武天皇の勅命により、行基菩薩が天平17年(西暦745年)に開創したと伝えられています。
本堂は宝暦12年(1762年)に再建されたもので、平成5年度から6年度にかけて大改修されました。










御神木(毘沙門天のスギ) 樹齢は約600年と推定される

2011年7月1日に移転した足利赤十字病院が見えます。
大岩毘沙門天(足利市大岩町)
弘仁年間、弘法大師空海によって勧請されたと伝えられています。江戸時代中期には別当である金蔵院によって巨石の上に石宮、 後に弁財天像(現在も金蔵院弁財天堂に祀られる)が造立されました。
江戸時代の祭典の際には、弁財天を運び祭礼を行っていましたが、 明治維新の神仏分離により、厳島神社となり平成元年に新たに弁財天を造立しました。
地下深くでできた花崗岩が表面にでて「たまねぎ状風化」といわれる風化現象を見ることができ、全国的にも大変珍しく、昭和14年に国の天然記念物に指定されています。「胎内くぐり」で知られる御供石、弁慶の手割石などがあり、奇岩が重なりあっています。












名草弁天(名草厳島神社)
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