足利七福神/大黒天/鑁阿寺

鑁阿寺は、源姓足利氏2代目義兼が建久7年(1196年)に自らの邸内に持仏堂を建て、守り本尊として大日如来を祀ったのが始まりといわれています。

その後、堂塔伽藍を整備して足利一門の氏寺としました。

寺域の周囲は土塁と堀に囲まれ、鎌倉時代の武家屋敷の面影を残しており、国の史跡に指定されています。境内には、国宝に指定された本堂など、多くの貴重な建物があります。

境内の児童公園には遊具もあり、人々からは“大日様”と呼ばれ親しまれています。

本堂

大黒天を祀る大黒天堂

御霊屋

北門

 

 

 

児童公園の遊具

鑁阿寺(足利市家富町)

足利七福神/長林寺/福禄寿

長林寺は文安5年(1448年)、足利長尾氏の菩提所として初代景人が創建しました。

元禄時代、修行道場として別格地となり、明治維新までの人材育成の道場として伝統を継承し、参禅会、仏教講座など開設しました。

境内には長尾氏歴代墓所(市指定史跡)、足利出身の画聖・田崎草雲の墓などがあります。

 

 

 

長林寺(足利市西宮町)

足利七福神/布袋尊/福厳寺

福厳寺は寿永元年(1182年)に、藤姓足利四代目忠綱の父母の菩提を供養するために理真上人を勧請開山として開創されたといわれています。

足利義兼公と時子の持仏と伝えられる子安観音が秘仏として祀られています。

福厳寺(足利市緑町1丁目)

足利七福神/毘沙門天/大岩毘沙門天

大岩山毘沙門天は、聖武天皇の勅命により、行基菩薩が天平17年(西暦745年)に開創したと伝えられています。

本堂は宝暦12年(1762年)に再建されたもので、平成5年度から6年度にかけて大改修されました。

御神木(毘沙門天のスギ) 樹齢は約600年と推定される

2011年7月1日に移転した足利赤十字病院が見えます。

 

大岩毘沙門天(足利市大岩町)

足利七福神/弁財天/名草弁天

弘仁年間、弘法大師空海によって勧請されたと伝えられています。江戸時代中期には別当である金蔵院によって巨石の上に石宮、 後に弁財天像(現在も金蔵院弁財天堂に祀られる)が造立されました。

江戸時代の祭典の際には、弁財天を運び祭礼を行っていましたが、 明治維新の神仏分離により、厳島神社となり平成元年に新たに弁財天を造立しました。

地下深くでできた花崗岩が表面にでて「たまねぎ状風化」といわれる風化現象を見ることができ、全国的にも大変珍しく、昭和14年に国の天然記念物に指定されています。「胎内くぐり」で知られる御供石、弁慶の手割石などがあり、奇岩が重なりあっています。

名草弁天(名草厳島神社)